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このページでは お釈迦さまについて・・・
お釈迦さまと絆を結ぶ縁(ゆかり)の日
お誕生の日  4月8日降誕会(ごうたんえ)<花まつり>  
お釈迦さまは、今からおよそ2500年前の4月8日に、インドの北、現在のネパールにあるルンビニーの花園でお生まれになりました。
お釈迦さまの誕生日のお祝を、「花まつり」というのはこのためです。

この日は、美しい花が咲き乱れる花園に見立てた花御堂に誕生仏をおまつりし、甘茶をかけてお祝いします。甘茶をかけるのは、うぶ湯の代わりに、天が甘い雨を降らせて誕生をお祝いしたという言い伝えによります。

この「花まつり」とは、何と優しく希望に満ちた響きをもった言葉でしょう。
長く厳しい寒さの続いた冬が去って、暖かい太陽の日差しに草も木も美しい花を咲かせ、人も自然も生き生きと活動する春の訪れ。お釈迦さまがこの世にお生まれになったことが、私たちの生活に一筋の希望をもたらす明るい春の日差しのように感じます。

私たちをお救いくださる尊いお方、お釈迦さまの誕生日をみんなでお祝いいたしましょう。

お悟りの日  12月8日成道会(じょうどうえ)
悟りを開き、仏陀になることを、成道といいます。
12月8日は、お釈迦さまが悟りを開かれ仏教が誕生した尊い日で、成道会といいます。

お釈迦さまは日々、「人は、せっかく生まれてきても、病気にもなるし、年もとる。いつ死ぬかもわからない。皆が何の心配もなく、幸せに暮らすことはできないのだろうか」と思いを巡らせておられました。
この答えを求めて29歳のときに出家し、6年間苦行を続けましたが、どうしても心の安らぎが得られませんでした。そこで、苦行を離れる決意をし、疲れた体を癒してから、大きな菩提樹の木のもとで坐禅瞑想をされたのです。
そして、明けの明星をみて、ついに悟りを開かれたのです。

お釈迦さまは、私たちの苦しみの原因を正しく見極め、その苦しみを取り除くために、毎日をどのように過ごせば良いのかを、説き示されました。
それは、頭で考えるだけでなく、生活態度そのものをきちんと整え、実際に行動に移すことが大切である、ということなのです。
お別れの日 2月15日涅槃会(ねはんえ)
お釈迦さまは2月I5日にお亡くなりになりました。お釈迦さまの場合は亡くなったことを「涅槃に入る」といい、この日を涅槃会というのです。

お釈迦さまは、35歳で仏陀となられてから80歳で涅槃に入るまでの間、多くの地域で人々に教えを説いてまわられました。その最後の地となったのは、クシナガラというところでした。

いよいよ自分の最期が近いことをお察しになられたお釈迦さまは、沙羅双樹の木のもとに体を横たえ、「私の亡きあとは、自らを大切にし、これまで私が説いた教えをよりどころとして、いつも心を正しく保ち生活するように」と、最後の説法をされ涅槃に入りました。命あるものは、いつかは滅するという真理をお示しになったのです。

涅槃会には、お釈迦さまの最期の様子を描いたな涅槃図をかけて、そのご遺徳を偲びます。
涅槃図には、弟子たちだけではなく多くの動物や昆虫までもが集まってきてお釈迦さまの死を嘆き悲しんだ姿が伝えられています。
お釈迦さまってどんな人?
お釈迦さまは、今からおよそ2500年前に、インドの北にあった、カピラ国という小さな国の
釈迦族の王子としてお生まれになりました。

何不自由のない生活を送られたお釈迦さまでしたが
「人はどうして生まれ、年老いていくのだろう。いつ病気になるかわからないし、いつかは死を迎える。人生には、どうして悲しいことやつらいこどが多いのだろうか。何の心配もなく、皆が幸せに暮らすこどができないのだろうか」と
人生に対して悩み苦しみ、深く考え込む青年時代を過ごされました。

この問題を解くために
お釈迦さまは29歳のときに城を出てそれまでの王子としての生活を捨て去り
修行者となりました。
6年間に及ぶ修業を経て、35歳のとについに長年の疑問が解け
悟りを開いた人 「仏陀」となられたのです。

それからのお釈迦さまは、教えを伝える旅に出ました。
これが仏教の始まりです。
以後、8O歳でお亡くなりになるまでの45年間、人々に教えを説き続けました。
その教えは絶えることなく今日まで連綿と受け継がれています。
<おことわり> このページは曹洞宗宗務庁教化部企画研修課発行の「お釈様さまと絆を結ぶ縁の日」を引用いたしております。
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