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御先祖と心のふるさと

丹波篠山   真丹山

禅 曹洞宗 願勝寺

合わす手に願いを叶え給う

御本尊 薬師瑠璃光如来
     (やくしるりこうにょらい)
願勝寺の歴史   
願勝寺は兵火と再興の繰り返しといっても過言ではない。当初は真言宗千眼寺の末寺として開創され、願王将軍(がんのうしょうぐん)地蔵菩薩を御本尊であることから、願勝寺との称号がついている。
元暦元年(1184)、源平の戦に敗れ、一の谷に敗走する平家を追った源義経の軍勢が真南条街道を通過したおり、周囲の寺も 願勝寺も兵火にあって全焼してしまった。
焦土となった寺を、中世、丹波の守護職だった細川氏らが伽藍を再建、古先印元(こせんいんげん)大和尚を迎えて、宗派を真言宗から臨済宗に改め、寺の勢力を盛り返し、山陰十刹の一寺にもなった。
しかし天正7年(1579)、八上城を攻撃した明智光秀の兵火にあい、またも寺は全焼してしまったのである。
その後 土地の豪族、酒井藤左衛門重好が田畑山林を寄進して寺を再建、洞光寺二十五世老山泰静(ろうざんたいじょう)大和尚を迎えて、宗派を曹洞宗に改宗して今に至る。
度重なる災難や火災にあっているだけに、火事にまつわる話も残っている。

そのひとつに明治九年、失火で寺が焼けた数日前に、ある檀家が、「昨夜、弘法大師が夢の中で、早く山門の外に出してほしいと告げられた」と知らせに来た。住職は半信半疑ながら弘法大師像を山門の外に移した。そのすぐあとで火災が発生、山門と大師像は焼け残ったというのである。
その弘法大師像は、今も大師堂に安置されている。
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